2017年02月26日

もうすぐ3月:近況報告

久しぶりの更新。
色々と物事が進んでおり、ただmasaの今後についてはいまだモヤッとしている。
まずは、無事に仕事を辞めないと話にならん…。

やっと後任が決まり、3/1から来ることになった。
俺は、一応4月末で退職。
ん〜、まだまだ先が長いなぁ。
しっかり教えて、とりあえず仕事の流れを切らさないようにしないと。

部下にも先週伝えた。
「順番違うだろ〜」←全員年上
と言われたが、理由を説明して理解を求めた。
同時に今後の仕事の振り分けについてもこちらのプランを伝えた。

実は部の中にもう一人退職予定の人がいて、その後任も探している。
従って、今年中盤〜後半にかけ、総務の陣容が大分変ることになる。
昨日、候補者の面接をしたのだが、なかなか良い人物だった。
早めに来てもらえれば、俺の後任の負担がかなり減ることになる。

部下に伝えたことで、コソコソ面接せずとも良くなった。
「もう一人の新人さんにも、早く来てもらえるといいよね〜」
仕事の振り分けのこともあり、早く来てもらいたい気持ちは同じようだ。


そんな中、大切な友人の親父さん(仮にHさんとしておく)が亡くなった。
以前、うちの親父が整備工場をしていた頃、大変お世話になった方。
近年は年賀状だけのお付き合いとなってしまっていた。
俺が親父の整備工場を飛び出してしまった後も、息子さんとの友人関係は続いていて(続けさせていただいた心の広さに、今は大変感謝している)、その息子さんを介して今の親父の近況を伝えていたような状況だった。

親父に伝えてお通夜に出席するよう促したが、行きたくないという。
もう、今までの人間関係はどうでもいいようだ。
まぁ、そうだよね。そうやって全部断ち切ってきたんだから。
本当に、どうしてそんな人間になってしまったのか。息子としてとても悲しい。

お通夜は「お別れの会」形式で執り行われた。
宗教色を薄めたいそうで、いかにもHさんらしい、控えめで慎ましい、しかしながら威厳を感じさせる会だった。
その芯の強さは、確実に息子さんに受け継がれている。

俺は今まで色々な人に会ってきたけれど、本当に尊敬できる人は数少ない。
そんな、数少ない方の一人だった。
まだ、若かったのに。本当に残念だ。
会社を辞めた後、一度お会いできたら、と思っていたのに。

お別れの会では、もう一人、とても懐かしい方とお会いすることができた。
献花する時、息子さんがわざわざ俺の耳元で「Iさん、いらしてますよ。もしよかったら探してみてください」と教えてくれた。
昔、俺がまだ中学生の頃、伊豆七島のとある島に招待してくれた、運送会社のI社長さんだ。
ウチの整備工場の、大切なお客様でもあった。
とても俺を可愛がってくれて、友人と共に島へ遊びに行ったことを今でもよく覚えている。

Iさんはすぐ見つけることができた。向こうもすぐに分かってくれたようだ。
俺は「戦犯」みたいなもんだから、ちょっと会いづらかったけど、普通に接していただけた。
Iさんは、是非親父と会って酒が飲みたい、という。
名刺をいただき、「写真も撮れよ!」というので写真も撮らせていただいた。

最後に、故人と対面を勧められ、最後のお別れをすることにした。
わざわざ息子さんが側まで来て、泣きはらした顔で俺に感謝の言葉をかけてくれた。
Hさんの顔は、やっぱりちょっと無念そうな感じがした。
俺は一言、

「ウチの親父には、困ったもんだ」

とつぶやいた。そうだよね、Hさん。何か、言ってあげてよ。

家に戻り、親父にIさんのことを伝え名刺も渡したが、やはり会いたくないと言う。
本当に困った人である。





posted by masa at 21:50| 埼玉 ☔| Comment(0) | どーでもいい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする